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ダークナイト ライジング THE DARK KNIGHT RISES プロダクション・ノート

1 ダークナイト ライジング THE DARK KNIGHT RISES プロダクション・ノート ゴードン: 「バットマンはゴッサムに必要な人だ。 ただし今は“時”が違う」 これは、2008年の『ダークナイト』のエンディングでゴードン市警本部長が語った言葉だ。それによって、ダークナイトとゴードンの間に重大な共謀が成立した。ダークナイトは殺人者のレッテルを張られ、ハービー・デント──大衆は知らないが、復讐心に燃えるトゥー・フェイスとして死んだ──は究極の犠牲を払い犯罪と闘ったヒーローと称えられたのだ。その偽りを前提として、ゴッサム・シティーは新しい法律を制定し、犯罪者は投獄されるか、ゴッサムから追放された。 本作で監督・脚本・製作を務めるクリストファー・ノーランはこう語る。「この映画のストーリーは、前作の8年後という設定なんだ。バットマンとゴードン市警本部長が目指した状況──ゴッサムは“闇の騎士(ダークナイト)”をもはや必要としない──は達成されたかのように見える。その意味では、ブルース・ウェインは闘いに勝ったのだが、彼はその代償として心の痛手を負い、バットマンであることをやめたあとの生き方が分からない。つまり、この『ダークナイト ライジング』では、ブルースとほかのキャラクターたちの前2作における行動の結果や影響を描いている」 「ダークナイト」シリーズ最終章となる本作で、ノーランは、05年の『バットマン ビギンズ』で始めたストーリー・アーク(複数回にまたがって継続性・広がりのあるストーリーライン)を完成させる。彼はこう思い返す。「この壮大なストーリーを完結させられると思うと、僕たちはとても興奮した。それがこの3作目に取りかかるうえでの主な動機だったんだ。それにしても、最初の2作に基づく観客の期待に充分応えながらも、これまで彼らが観たことのない何かを提供しなければならないという点では、非常に大きな責任を感じたよ。そのバランスをとるのは簡単ではなかった」 フィルムメーカーたちもキャストも、胸躍るアクションと奥深い感情描写のバランスを保つことに心血を注いだ。製作のエマ・トーマスはこう語る。「クリス(トファー)は、ほんとうに最初から、このシリーズのどの映画も、何かひとつのジャンルの枠にはめられないような作品にするつもりだったの。『ダークナイト ライジング』には、夏の大作映画らしい興奮とエンターテイメントのすべてがある。アクションはとても派手だけど、ストーリーとキャラクターも、それと同等、あるいはそれ以上に重要なのよ。だって、感情面で惹き込まれないような作品なら、表面的な“飾り”なんてどうでもよくなるから」 同じく製作のチャールズ・ローブンはこう付け加える。「私たちは観客をスケールで驚かせたいが、それと同時に感情移入もさせたい。どれだけ大がかりな作品になろうと、クリスはキャラクターと人間関係に焦点を合わせることを決して忘れない。それは彼の全作品を通して言えることだ」 このシリーズすべてにおいて、ストーリーの中心にいるのはひとりのキャラクターである。「ダークナイト伝説を語るうえで僕たちの強い動機づけとなったのは、ブルース・ウェインという人物の 2 心の旅を描きたいという思いだった。僕はそのことにとてもこだわったし、一緒にストーリー、脚本を練ったデイビッド・S・ゴイヤーや、僕の弟のジョナサン・ノーランも同じだった」 タイトルロールを三たび演じたクリスチャン・ベールはこう説明する。「『バットマン ビギンズ』では、この怒りを抱えた若者を突き動かす悲劇と苦しみが描かれた。彼は自分を役に立たない人間だと感じ、進むべき道──自分が何者なのか、そして何になれるか──を模索していたんだ。そして『ダークナイト』になると、彼はその道を見つけていた。彼は実際に役に立ち、自分の人生でこれこそもっとも意義があると思い描いていたことをやった。そして8年がたった今、彼は自分に生きる目的を与えていたそのひとつのことを失っている……だが、ゴッサム・シティーと彼自身にとっての新たな脅威が現れ、彼はそれと立ち向かわざるを得なくなるんだ」 その脅威は、ベインという名の冷酷無比な覆面の悪人の姿で現れる。彼は、その力を爆発的に示すことでゴッサムの人々に存在を知らしめる。『バットマン ビギンズ』のスケアクロウが狂人で、『ダークナイト』のジョーカーがアナーキストだったとすれば、「ベインは精神構造においても、行動においても、テロリストなんだ」と、このダークナイトの新たな宿敵を演じるトム・ハーディーは言う。「彼は肉体的にも威圧感があるうえに、とても頭がいい。だからこそ、彼はよりいっそう危険なんだ」 ノーランはこう説明する。「『ダークナイト』のあと、次の悪役を誰にするかを決めるうえで絶対必要だったのは、ジョーカーとまったく違うタイプの悪役──暴力的でなければならないということだった。ブルース・ウェインがバットマンになったときに使える肉体的・物理的な要素は極めて重要であり、前2作ではほんとうの意味でその点に挑む相手を登場させていなかったんだ。僕は、彼を知的な面だけでなく、肉体的にも同等の相手とぶつからせてみたかったんだよ。ベインは、任務に対して狂信的な献身をする粗削りな力をもつ男であり、その組み合わせが彼を無敵にしている」 「実際の殴り合いでバットマンが優位に立てないかもしれないなんて、これが初めてだよ」とベールは言う。「彼は何年も“休眠”していたわけだから、そもそも万全のコンディションではないんだ。対するベインは肉体的にとんでもなく強いだけでなく、純然たる攻撃性と、彼を駆り立てるイデオロギーという点で冷酷極まりない」 しかし、ブルース・ウェインをウェイン邸から最初に引っ張り出すのはベインではない。それは、セリーナ・カイル──“バットマン”の世界では“キャットウーマン”として知られている──という名の非常に巧妙な泥棒との興味深い遭遇によってである。ノーランはこう語る。「この映画にはぜひキャットウーマンを登場させたいと思ったんだが、新たなキャラクターを出すとき、僕たちは自分たちが築いた世界にしっかり根づくような自然な形をつねに探している。セリーナは忍び込み泥棒であり、ペテン師であり、ごく伝統的な意味での映画の“ファム・ファタール(魔性の女)”なんだ。それが彼女を描くうえでの僕の出発点であり、そこからキャットウーマンという象徴的な人物を引き出していった」 主要キャストの中で唯一、ノーランと初コラボレーションとなったアン・ハサウェイは、自分が演じるセリーナについてこう語る。「セリーナ・カイルについて何かを明かすのは難しいわね。彼女は自分のことをほとんど語らず、とてもミステリアスなの。彼女には自分なりの倫理観があり、ときには、ほかの人々が問題だと考えるような行動をあえてとることもある」 「彼女の倫理的な価値観にはあいまいなところがあり、だからこそ彼女はダークナイトにとって初めて分かり合える相手となる」と脚本のジョナサン・ノーラン。「奇妙な意味で、陰陽思想でいう 3 ところの彼の陽に対する彼女は陰なんだ。あのふたりの力関係はとても新鮮だよ。彼女は冗談半分に彼をからかったりもする。ふたりは出会ってすぐに心を通じ合わせ、セリーナといるときの彼は、少しリラックスできるんだ」 本作では、ブルース・ウェインにとって、そしてひいてはダークナイトにとって、新しい味方がふたり登場する。マリオン・コティヤールが演じるミランダ・テイトは裕福な慈善家。彼女はウェイン産業の役員会の一員で、のちに、ブルースが信頼する友人となる。ジョゼフ・ゴードン=レヴィットは、ミランダと同じく本作のオリジナル・キャラクターであるジョン・ブレイクとしてアンサンブル・キャストに加わる。ゴッサム市警の警官である彼は、その勇気と人格でゴードン市警本部長の目に留まるのだ。 ゴッサム・シティーを守る警察の最高幹部ゴードン市警本部長役で戻ってきたのはゲイリー・オールドマン。ゴードンは、個人的に多大な犠牲を払ってハービー・デントの最期の真実を隠した。「彼はバットマンの犠牲的精神を尊重するものの、同時にゴッサム市民を偽ることに目をつむることは、彼が信じてきたすべてに反するんだ」とオールドマンは言う。 ブルース・ウェインの忠実な執事アルフレッドはおなじみのマイケル・ケインが演じている。ノーランはこう語る。「アルフレッドとブルースが築いてきた感情的な絆は非常に堅い。その絆は、前2作それぞれでも何らかの意味で試されてきたが、今回はかつてないほどの試練にぶつかる。ブルースを心から案じる者として、アルフレッドは彼が下す決断や人生の方向性に疑問を投げかけ、それは必然的にふたりの間に衝突を生むことになる」 ダークナイトの正体を知る者として信頼されているもうひとりの人物は、やはり三たび登場となったモーガン・フリーマンが演じるウェイン産業の独創的なCEOルーシャス・フォックスだ。 「この映画の脚本に取り組むうえで最高の喜びのひとつが、マイケル・ケイン、ゲイリー・オールドマン、モーガン・フリーマンのキャラクターをまた書けるということだった。彼ら3人のキャラクターの共通点は、それぞれがブルース・ウェインにとっての父親的存在であるということなんだ。もちろん、もっとも近いのはアルフレッドだが、彼にせよ、ゴードンにせよ、ルーシャスにせよ、それぞれが独自のやり方で、ブルースがどうすれば人間的にもっと成長できるかを示しているんだよ」とジョナサン・ノーランは語る。 本シリーズの各作品でルーシャスは、バットスーツ、タンブラー(バットモービル)など、ダークナイトに絶え間なく進化する装備を提供してきた。機動力に優れたバットポッドで、彼はゴッサム・シティーの中を縦横無尽に疾走することができた。本作では、ヘリコプターとジャンプジェット(垂直離着陸ジェット機)が合体した新しいフライング・ビークル(乗り物)によって、彼はついにゴッサムの“上”を疾走することができるようになる。その名も“バット”。 クリストファー・ノーランはIMAXカメラの撮影シーンを増やしたことで、さらに本作のレベルを上げた。超高解像の15/65ミリ(65ミリにつき15パーフォレーション)のフイルムを使い、大型カメラで映画の半分近くを撮影したのだ。ノーランはこう語る。「『ダークナイト』ではIMAXカメラを使ってとてもいい結果を得た。技術面でIMAXカメラが提供できる点はもちろん高く評価しているが、僕がもっと興味があるのは、それをストーリーテリングのツールとしてどう役立たせるかという点なんだ。それを使うことによって、観客をいかに僕たちの世界により深く引き込めるか。IMAXは最高に臨場感あふれる環境を創り出し、存在するスクリーンの中でもっとも大きなカンバスを提供してくれる」 本作の撮影でキャストとスタッフは三大陸を移動し、さらに、地上から上空へも移動した。アクシ 4 ョンは空中で始まる。ベインが危険なハイジャックと誘拐を決行し、その破壊的な暴力行為を開始させたのだ。その手に汗握る空中シークエンスの大部分は、スコットランド上空で実際に撮影された。イギリスでの撮影はウェールズ、そしてカーディントン・スタジオでもおこなわれた。その広大な旧格納庫にはいくつもの屋内セットが組まれ、ノーランたちにとってある意味で本拠地となった。 撮影はさらにインド、そしてアメリカでもおこなわれた。本シリーズでは初めて、3つの都市がゴッサム・シティーとしてのロケーションを提供。ピッツバーグ、ロサンゼルス、そして実際に“ゴッサム”と呼ばれることもあるニューヨークでいくつものシーンが撮影された。 ノーランはこう語る。「それぞれの映画を振り返ってみると、実際に住んでいる世界が反映されていることが分かるが、僕たちはそれについては具体的にどこがどうのと言いたくないんだ。僕たちは、自分たちにかかわるものの観点でストーリーに取り組んでいる。我々に恐怖を感じさせるのは何か? 希望を与えるのは何か? この世界でバットマンのような男が立ち上がるには何が必要なのか?」 ゴードン: 「バットマンが今こそ必要だ」 ブルース: 「もう存在しないとしたら?」 ゴードン: 「今こそ……必要なのだ」 『バットマン ビギンズ』で約束したとおり、ブルース・ウェインはウェイン邸を“以前とまったく同じように”建て直した。だが、そのいかめしい塀の中に引きこもったブルースにとって、その屋敷は家というよりは避難所のようになっている。 クリストファー・ノーランとともに本作のストーリーを練ったデイビッド・S・ゴイヤーはこう語る。「前作から8年という期間を置くことにしたのは、ゴッサムの人々の間でダークナイト伝説が少し薄れるために充分な時間が必要だったし、僕たちはブルース・ウェイン自身をも、噂とミステリーのヴェールの陰に引きこもらせたかったからだ」 ブルース・ウェインとバットマンというふたつの役割を担うのが本作で三度目であり、最後となったクリスチャン・ベールはこう語る。「ブルースは、愛する女性レイチェルを失うという悲劇、そして、ハービー・デントに起こった悲惨な出来事以来、完全に世間から孤立しているような気がしている。彼は、もし自分がバットマンになるという道を選ばなかったら、そんな悲劇は何も起こらなかったのでは、という罪悪感を抱いているんだ。彼の信念は揺らいでおり、そのことが、肉体的にも精神的にも彼を苦しめている。だが、そのつらい過去に縛られて人生を送ることにあとどれくらい我慢できるのか? そして、どの時点で、それは彼を完全に自滅の道へと歩ませ始めるのか?」 ノーランは、ブルースはダークナイトとしての姿を捨てていたその期間、現実的な意味で、両方のアイデンティティーを犠牲にしていたのだと考える。「この映画の始めに登場するのは、かつてはつねに目標であったはずの使命を、もはや背負っていないただの男なんだ」 「表面的には、ゴッサムはブルースが望んでいたとおりの街になっているの」と製作のエマ・トーマスは付け加える。「でも、それはすべて偽りの上に築かれたものだったので、見かけほど単純 5 なものは何もないのよ。『夢がかなうということはいいことばかりではない』という状態ね。ダークナイトであることをやめたブルースには生きる目的がなくなってしまったから」 「僕がバットマンというキャラクターにいつも惹かれてきたのは、これまでに何度も指摘してきたように、彼が巨額の富以外には何の超人的パワーももたないスーパーヒーローだという点なんだ」とノーラン。「彼が何か途方もないことをやってのけるとき、彼を突き動かしているのは極めて強い動機と純粋な献身だ。だからこそ、彼はとても信頼のおける人間なんだよ」 「ブルースという人物を考えたとき、遠い存在に感じるとすればその大富豪という立場だ。あれほどの富をもっていることを理解できる人はほとんどいない。でも、彼のそれ以外の部分は、心情面からみれば理解できる。そこがこのキャラクターのいいところでもある」とベールは言う。 「このシリーズを通して、クリスチャンがブルースというキャラクターを発展させていく様子を見守れたのはとてもよかった」とノーランは言う。「彼はつねに、強い意志でこのキャラクターの真実を見つけようとしていた。それはこの映画でとくに際立っていると思うよ。彼は、年を重ねたものの、必ずしもそれだけ賢くなったとは言えないブルースをとてもうまく表現している。それはとても思慮深い演技であり、クリスチャン・ベールという才能あふれる俳優だからこそできるんだ」 当主の姿が見えないなか、ゴッサムの名士たちはウェイン邸に集い、“ハービー・デント・デー”を祝う慈善パーティーが開かれる。そんなイベントは、大胆不敵な泥棒にとってまさに理想的な猟場だ。その魅力的な怪盗セリーナ・カイルと出会ったブルースは、思いがけない影響を受ける。 ベールはこう明かす。「何年も世間と隔絶して過ごしたあと、ブルースをほんとうに驚かせたのは、出会ったこの女性に自分が強く惹かれ、ユーモアを感じたという事実だった。そのとき彼は突然、自分が無意識にでさえ、何かを求めていたことに気づく。失ってしまっていた人生の色彩と、人間とのかかわり合いを必要としていたことを」 セリーナ役のアン・ハサウェイはこう主張する。「ブルースはセリーナに大いに感謝すべきよね。だって、彼女が現れて、彼を活気づけ、世の中には楽しい人間がいるんだということを思い出させるまで、彼はかなり孤独な人生を送っていたんだから。ブルースとセリーナの関係には、ちょっとふざけ合うような側面もあって、ファンはそれをいつも楽しんできたんだと思うの。ふたりの生き方はかなり違うかもしれないけれど、じつは共通点がけっこうあるのよ。ある特定のことは隠しておきたがるとか、その場にいる誰よりも、つねに数歩先を見ているとか、黒を身に着けるのが好きとか」と彼女は微笑む。「クリスチャンとの共演はとても楽しかったわ。彼はよく笑うし、その場をうまく楽しめる人だけど、同時にとても真面目なの。彼は共演者のレベルまで引き上げてくれるような俳優よ」 ハサウェイいわく「コミック・ブック史上もっとも有名な女性キャラクターのひとり」を演じる機会を彼女が喜んだのは、ベールとの共演だけが理由ではなかった。ハサウェイはこう思い返す。「この役を演じるにあたって、もちろん、古いコミックを見たり、ボブ・ケインがキャットウーマンのインスピレーションにしたものについていろいろ読んだりしたけど、何よりも大事なのは、私がキャットウーマンを演じるのはこの映画の中だということ、クリストファー・ノーランのゴッサム・シティーに溶け込むということだったの。私はクリスの熱烈なファンなのよ。このシリーズで、彼は壮大なアクション・シークエンスを撮影し、ユーモアさえ盛り込みながらも、とても興味深い哲学的な疑問を投げかけてきた。あれだけ頭がよくて、あれだけの才能の持ち主と仕事ができるなんて、最高に興奮したわ」 ノーランはこう説明する。「キャットウーマンという有名なキャラクターが昔からもつイメージと、 6 人々が感情移入できる人物の間にバランスを見つける必要があった。その鍵となったのが、アン・ハサウェイの起用だったんだ。彼女がスムーズにバランスよくふたつを組み合わせられたので、そういう要素が衝突せずに、互いのよさを伸ばし合った」 「セリーナは生きていくために必要なことをしているんだと思う」とハサウェイ。「そしてそれには、ほかの人間には許しがたい一線を越えることも含まれるの。たとえ彼女が変わりたいと思っても、過去から逃げるのは難しい……そして彼女にもつらい過去があるのよ。それが彼女の弱み。今の時代、コンピューターとかスマートフォンを持っていれば、どんな人のどんなことでもほとんど調べられるから。誰でも人生を振り返れば、『あのとき、今の知恵さえあれば……』と思うことはあるはず。セリーナだって、かつて心ならずもした選択に、縛られて生きたくはなかったと思う」 一方、ベインにはそんな良心の呵責はない。彼がやることはすべて、目的達成のための手段なのだ。ベイン役のトム・ハーディ―はこう語る。「ベインは仕事を片づけることだけを考え、自分がもたらす死や破壊に対して何の自責の念も恥も感じない。ベインに関してはあいまいな点はまったくないんだ。彼は紛れもない悪人……とにかく恐ろしい男なんだよ」 キャットウーマンほど知名度はないかもしれないが、ベインは“バットマン”コミック・ファンの間では、バットマンにひどい痛手を負わせた敵として悪名高い存在だ。『インセプション』でハーディーと組んだばかりのノーランは、マスクをして演じなければならなくても、ハーディーなら肉体的・心理的に究極の脅威を表現できると確信した。「映画の中でベインのような怪物を創り出すとき、肉体的な側面、あるいは心理的な側面のどちらかに集中しがちだ。だが、トムならその全部を体現できると僕は分かっていた。彼はとにかくすごい俳優なんだよ。彼は、並外れた戦闘技術をもつ野獣のような男を演じつつ、外見と同じく内面にもダメージを受けている人物の魂を伝えることができた。トムは、顔のほとんどが覆われている状態ですべての演技をおこなわなければならないというチャレンジを心から楽しめる俳優でもあるんだ。目の表情だけで彼ができることといったら……ほんとうにすばらしい」 ハーディーは、ノーラン監督と再び組める、しかも、「ダークナイト」シリーズに出演できるとあれば、マスクを着けなければならないことなどまったく気にならなかったと言う。「クリスが電話してきて、『君ならうまくやってくれそうな役があるんだが、君がやりたがるかどうか確信がないんだ。その役では数か月マスクを着けなければならないんだよ』と言うんだ。彼は、その役がとても悪い奴だということ以外、僕に何も教えようとしなかった。それで僕は、『ちょっと整理させてくれよ。つまり、僕にまた監督の映画に出てほしくて、世界中で撮影したいってことだよね。で、僕はスタント・チームの全面協力を得られて、好きなだけ武器を使える。僕がやらなきゃいけないのはマスクを着けることだけ?』と訊いた。すると彼は、『まあ、そんなとこだ』と言うので、僕は、『乗った』と言ったんだ」とハーディー。 ダークナイトと違い、ベインがマスクを着けるのは正体を隠すためではなく、ずいぶん前に受けた傷の拷問のような痛みに対して自分に麻酔をかけるためだ。ノーランの心配に対して、ハーディーはこう語る。「マスクで制限された気はしなかったよ。マスクの何がいいって、着けたとたんにそのキャラクターになれることだね」 ハーディーはさらに、彼が演じたベインには結果的に声と肉体の矛盾が生まれたと付け加える。「彼の言葉は仰々しいんだが、その肉体はゴリラのように無骨なんだ。だから、僕たちは彼を雄弁であると同時に、とても威圧的な存在感をもつ人物として描きたかった」 地下に潜伏し、誰にも気づかれないベインはゴッサムに、爆発、金融危機、そしてもちろん恐怖 7 が絡む多発的テロを計画している。 彼の計画の遂行には、警察の無力化が必要な部分もある。警察を率いるのは今でもゴードン市警本部長だが、「ゴッサムの政治的指導者たちにとって、街に組織犯罪が横行していたときはゴードンは役に立つ存在だった」とノーランは指摘する。「犯罪を抑制できている今、ゴードンはもはや必要とされていないと考えて彼の地位を狙う人々がいる。だが、ゴードンはこの平和がすべて偽りに基づくものだという事実に苦しんできた」 「その秘密は何年もの間、彼の心をむしばんできた」とゴードン役のゲイリー・オールドマンは説明する。「ゴッサムの犯罪率は史上最低になっていたが、ゴードンはそれがこの街のほんとうの姿でないことを知っている。彼はすべてを明らかにしたいんだが、適切な時と機会がなかなか見つからない。それに彼は、この街が真実を受け入れられるかどうかにも確信がもてないでいる。そんなとき、ベインのせいで彼は再び犯罪と闘うことになる。彼は、つねに第一線で泥まみれになっていたがる兵士のようなタイプなんじゃないかな。平和になってからの年月を彼はおそらく事務仕事ばかりして過ごしてきて、それが彼のやる気をなくさせていたんだ。でもついに昔のゴードンが戻ったという感じだね」 そんななか、ゴードンは有望な弟子を見つける。職務に対する熱意で彼を感心させた警官のジョン・ブレイクだ。製作のエマ・トーマスはこう語る。「ゴードンは、ジョン・ブレイクの中に若い警官だった自分自身を見たに違いないわ。あまりにも平穏な日々が続いているために、誰もが集中力を失っているように見えるなかで、ブレイクは何かがおかしいと最初に気づく。ゴードンはその直感を認めて彼を昇進させ、自分のチームに入れるの」 ジョゼフ・ゴードン=レヴィットは自分の役をこう説明する。「ジョン・ブレイクはおそらく子供のころからずっと警官になりたかったような男で、職務を立派にこなせるように努力を惜しまない。彼は自分がやっていることの意味を信じる男でもあり、僕はそういう資質がすばらしいと思う。警察を皮肉っぽい目で見る人が多いなか、彼は警官としての誇りをもち続けるんだ」 「ゴードン市警本部長とブルース・ウェインが年を重ね、少しばかりくたびれてきたので、もっと若く、もっと理想に燃えた人物を対比として出したかった。ある意味で、かつてのゴードンとブルースを象徴するような存在をね」とノーラン。「ジョゼフは、どれだけ不利な状況でも引き下がることを拒む男の強さと勇気を見事に表現していたよ」 ミランダ・テイトという人物も、同じ富豪という立場からではあるが、ブルースと心を通じ合わせる。ミランダ役のマリオン・コティヤールはこう語る。「どちらも大変なお金持ちで、それを良いことに使おうとしている。だから会ったとたんに相手を理解するの」 ベールも同感だ。「ミランダは、ある環境整備プロジェクトを通して、ブルースにその資産をゴッサムの改善のために使うよう働きかける。彼女は美しく、賢く、利他的であり、彼女が目指すものすべてが彼にとっては尊敬できるものであり、彼は彼女に大いに興味を抱くんだ」 コティヤールとゴードン=レヴィットは、ノーランがオリジナル脚本を書き、監督した『インセプション』でも共演し「ダークナイト」シリーズ最終章で再びノーランと組めることをとても喜んだ。ゴードン=レヴィットはこう語る。「あれだけのスペクタクル巨編でありながらも、このシリーズに対するクリスのアプローチを際立たせているのは、それが誠実な人間ドラマだという点じゃないかな。俳優としては、そのほうが刺激的だし、ずっと楽しいよ」 「クリスとのコラボレーションは大好き」とコティヤールも続ける。「クリスは、あんな超大作なのに、セットにすばらしい家族的な雰囲気を創り出すの。それに彼には、信じられないほどのアドベ 8 ンチャーに人々を誘い出し、それを説得力あるものにする知性と想像力がある。ミランダは原作コミックには登場しないキャラクターなので、彼と一緒にこの役を創っていくプロセスが、演じていてとても興味深かったわ」 ウェイン産業が敵対的企業乗っ取りの標的になったとき、役員のひとりであるミランダはその資産でブルースにとって不可欠な味方になる。もっと個人的レベルではどうかというと、ノーランがこう説明する。「アルフレッドとルーシャスは、彼女ならブルースを彼自身が決めた潜伏生活から引っ張り出し、バットケイブ(ウェイン邸の地下洞窟)に独りで引きこもっているより、人生にはもっとやるべきことがあると彼に思い出させてくれる女性になるのではないかと考えるんだ。マリオンには、エキゾチックな雰囲気があり、それがものすごく魅力的で、存在感もある。彼女が演じるミランダには温かさと知恵があり、その組み合わせがブルースにとって大きな期待感を抱かせる」 ウェイン産業の優れた発明家ルーシャス・フォックス役のモーガン・フリーマンは、「ルーシャスはブルースの部下だが、ブルースにとって師のような役割を果たしてきた」と語る。「ルーシャスとアルフレッドに比べたら、ブルースはまだ比較的若者であるわけなので、年寄りふたりはブルースの倫理的なコンパスが正しい方角を指し続けるように努力するんだ」 製作のチャールズ・ローブンはこう説明する。「ルーシャスは、ブルースがバットマンになるために使うさまざまな装備を開発した人物であり、今回もまたその手腕を発揮する。だが、それだけでなく彼はブルースに対する愛情も深めており、アルフレッドと同様に、ブルースがはまり込んでいる暗い心理状態から彼を引っ張り出そうとしているんだ」 ブルースにいちばん近い存在といえば、間違いなくアルフレッド・ペニーワースだろう。彼についてベールはこう語る。「アルフレッドはブルースの人生にずっと寄り添ってきた人物……ブルースにとって唯一の家族だ。アルフレッドはブルースの成長を見守り、大人の男になって、苦しみを経験する様子をそばで見てきた。ブルースは両親を想い続け、両親の死にかかわる悪事を暴いて不正を正さずにはいられない。その気持ちもアルフレッドは受け入れているが、同時に、ブルースが自分自身の人生を生きていないことを彼の両親がどれだけ悲しむかも分かっている。だから、アルフレッドはつねにブルースに対して、長い目で見れば、こういう生き方はブルースにとって最善ではないと警告してきたし、それが今回のストーリーではっきり表に出てくるんだ」 その点をノーランが詳しく述べる。「僕たちが『バットマン ビギンズ』で初めてアルフレッドとブルースの関係を深く探ったとき、僕はすぐにこう思った。バットマンという人物を創り出そうとするブルースの極端な行動を、アルフレッドは容認している。それを僕が理解できるとすれば、終わりがある場合だけだ。バットマンがゴッサムを変える触媒として行動し、その後区切りをつけて前に進めるのであれば、ブルースを支えたアルフレッドの行動も理解できる。しかし、『ダークナイト』では、ブルースがバットマンでいることから自分自身を解放させることができずにいることにアルフレッドがいらだっている状況を描いた。ブルースはかつてのように毎晩ケープとマスクを身に着けて出て行くことはなくなったものの、どうしてもバットマンと決別することができず、アルフレッドは、今度こそ彼がそうできるよう手助けをするのが自分の義務だと感じていた」 シリーズを通してアルフレッドを演じてきたマイケル・ケインはこう語る。「ゴッサム・シティーがブルースに与えられるのは苦しみと悲劇しかないんだとブルースに伝えることは、アルフレッドにとってもつらい。だが、アルフレッドの言うとおりだった。観客の立場で考えてみると、アルフレッドというのはこの驚くべき世界における人間を代表しているんだと思う。彼は我々のスポークスマンなんだ。彼はそんなにタフではない。この状況でごく普通の人間として反応するんだ」 9 「マイケルはいつもアルフレッドにとてつもなく大きなハートを吹き込んでくれた」とノーラン。「クリスチャンとマイケルが、それぞれのキャラクターの間のユニークな関係を演じていくのを間近で見ていられたことは、これらの映画を作っていくうえで大きな喜びのひとつだったよ」 ブルース: 「泥棒ネコにしちゃ派手なコスチュームだな」 セリーナ: 「だったら あなたは何?」 ヒーローにせよ悪役にせよ、「ダークナイト」シリーズでキャラクターに生命を吹き込むうえでコスチュームは極めて重要な役割を果たしてきた。その筆頭はもちろん、忘れがたいダークナイトのシルエットを創り出しているコスチュームだ。 『バットマン ビギンズ』のあと、『ダークナイト』ではバットスーツのデザインに大幅な変更が施され、とくに首回りと肩を中心に、着心地と柔軟性が改良された。「壊れてもいないものを修理するな=下手にかき回すな」という言葉があるように、リンディー・ヘミング率いる衣装チームは、本作ではバットスーツに何の修正も施さなかった。 多層構造のバットスーツは110枚のパーツから成り、それぞれが制作工程で何十回も複製された。ベース部分はポリエステル・メッシュで、通気性に優れ湿気をため込まないという特性があるため、軍隊やハイテク・スポーツ・メーカーがよく利用しているものだ。次に、1枚ずつ型をとった軟質ウレタンをメッシュに貼り付け、全身を保護するスーツを作る。さらなる補強として、軽いがとても強いカーボン・ファイバー・パネルが両脚、胸、そして腹部周辺のパーツの中に挟み込まれる。マスクは、クリスチャン・ベールの顔と頭の型をとってから作られ、その後、ピッタリ合うように調整された。 ダークナイトの象徴でもあるケープには、アクション・シーンで使う短めのものから、広げるとコウモリの翼の形になる“グライダー・ケープ”まで、長さと形を少しずつ変えたものが10バージョンある。 バットスーツを身に着けたときのベールは、共演者たちに必然ともいえる影響を与えた。ジョゼフ・ゴードン=レヴィットはこう語る。「クリスチャンがあのスーツを着ているときは、僕は“フリ”をする必要がなかった。僕はまさにバットマンと話していたんだ。そんなにしょっちゅう起こらないけど、映画の撮影中たまに、それが現実であるかのように感じることがある。あれは僕が経験したなかでも間違いなくもっとも強烈にそう感じた瞬間だったよ」 ダークナイトよりも強いはずのキャラクターを演じたトム・ハーディーはこう思い返す。「初めてクリスチャンと会ったのはメイク室だったんだ。そのとき僕は傲慢にも、『あれなら問題ない。俺がやっつけられる』と心の中で思ったんだよ。そして、セットにバットマンが現れた。それはもはやクリスチャン・ベールではなかった。彼は完全にバットマンになっていたよ」 そのハーディー演じるベインのコスチュームのデザインについて、ヘミングはこう語る。「ベインが身に着ける物は、彼がそれまでに過ごしてきたさまざまな場所で集めた雑多な物の組み合わせに見える必要があったの。たとえば、彼のベストは古い軍用テントの切れ端を利用したのよ。彼の服は兵士風だけど、制服のようなものとはまったく違うの」 10 当然ながら、ベインのもっとも目立つ特徴といえばあの恐ろしげなマスクだ。彼の顔に固定されたそのマスクからは継続的に鎮痛剤が彼に送り込まれ、暴力に満ちた過去から続く激しい苦痛を抑えている。「彼の命はあのマスクにかかっている」とノーラン。「ベインというのは、その生き様を顔の上ではっきり見える形で引きずっている男で、そのためにとてもリアルな意味で怪物に見えるんだ」 「ベインのマスクは野獣のような感じにデザインしたの」とヘミング。「バットマンのマスクとはまったく違って見えなければならなかったし、黒は使えなかった」 ベインのマスクは、衣装効果チームが、トム・ハーディーの顔と頭蓋の型をデジタル・マッピングしたものを使って作られた。衣装効果監修のグレアム・チャーチヤードはこう説明する。「ベインのマスクで難しかったのは、特殊メイクのように顔にフィットさせる一方で、外見的には金属でできているように見せなければならなかったという点だ。コンピューター上でトムの頭の型とそれぞれの硬いパーツの3Dモデルを作り、彼の輪郭に沿って調整したので、隙間なく彼の顔にぴったり合わせることができた」 だが、“ぴったり”という言葉はこの場合、弱すぎる。「あのマスクは(工具の)万力のようにトムの頭を締めつけていたの」とヘミング。「彼がとても協力的で我慢強かったので、これ以上無理というくらいきつくしたのよ。正面には磁気性の取り外し可能なパネルが付いていて、マスクの表面に見えるものすべての下に磁石がずらりと付いているの。そしてその下にはゴムシールがあり、トムの皮膚にぴったり張力によって押し付けられていた。トムがあれを我慢し、しかも、演技をしたなんて、それだけでもほんとうに驚きだった」 ベインのマスクが形よりも完全に機能重視であるのに対し、セリーナ・カイルが身に着けるものはその両方の組み合わせである。ノーランはこう語る。「セリーナとしてだけでなく、キャットウーマンとしても、キャラクターの外見にはちゃんとした理由がなければならなかった。僕は、彼女の頭に“猫の耳”がある必然性をどこから導き出すかをまず考える必要があったんだよ。単に耳を2つ頭に付ければいいというものではないんだ。いろいろ考えた末、ナイトビジョン・ゴーグルを工夫して、それが頭に跳ね上がって、ほとんど偶然のようにあのシルエットになる……というアイデアを採用することに決めた。いったんコンセプトが決まると、リンディーと彼女のチームがそれを見事に実現してくれた。ひとつのキャラクターの姿に関係するものにはすべて、何らかの必然性があるということから生まれたアイデアだった」 「彼女のキャットスーツはとても機能的で、暗闇に紛れ込んで行動に備えることができるの」とヘミングは付け加える。「キャットスーツを着ていないときのセリーナはいつも、その場に合った黒い服を身に着けている。彼女はまさにカメレオンのように変化するの」 セリーナ役のアン・ハサウェイはこう語る。「彼女はいつでもさっとその場を去ることができる。そして、逃げなければならないときはいつでも、アイデンティティーを丸ごと──“いくつもの”アイデンティティーというべきかしら──抱えて逃げられるという感じ」 セリーナのキャットスーツは実際は上下に分かれているのだが、腰のユーティリティー・ベルトによって、つなぎのように見える。キャットウーマンとしての外見は、ひじまであるグローブ、太ももまであるブーツを身に着けることによって完成した。ブーツのヒールにはスパイクが付いていて、それにも目的がある。「とても効率のいい武器になるのよ」とヘミング。 キャットスーツに使われた素材は二重になっていて、外側はポリウレタンのコーティングを施されたスパンデックスで、六角形の模様が浮き彫り加工されている。「とてもシンプルでスリムなデ 11 ザインよ」とヘミング。「露出しすぎずに、アンのボディラインを強調しているの」 頭からつま先まで覆われているとはいえ、体にぴったりしたコスチュームなので、「実際はほとんど隠されていないのと同じなのよ」とハサウェイは言う。「だから、あのスーツを着たときに落ち着いていられるように、ムーブメント・コーチ(あるキャラクターを演じるのに必要な身体表現全般を指導するコーチ)とトレーニングを重ねたの。全世界にあのキャットスーツ姿を見せなければならないと思えば、誰でもすぐにジムに駆け込むわよ」と彼女は笑う。 ベイン: 「影はお前を裏切った。 影は俺のものだからだ」 撮影開始前、そして撮影中もずっと、クリスチャン・ベール、トム・ハーディー、そしてアン・ハサウェイは、それぞれのアクション・シーンのために、個々に合わせて組まれたトレーニングに取り組んだ。 ダークナイト=バットマンを演じるのはこれが3回目となったベールだが、ブルースが何年もひきこもっていたために、本作では肉体的な変貌をより多く見せなければならなかった。前2作において、ベールは“キーシ・ファイティング・メソッド”(KFM)と呼ばれる混合格闘技を採り入れていたが、今回は彼自身の身体条件を反映させるとともに、敵のスタイルに合わせて修正する必要があった。スタント・コーディネーターのトム・ストラザーズは、「KFMももちろん使ったが、ベインの残虐性に対抗するために、それをまた別のレベルに進化させたんだ」と言う。 数年のブランクでブルース・ウェインの身体的適性は下がってしまっていたかもしれないが、ベール自身の体は今まで以上に鍛え上げられていた。前2作でベールのスタントダブルを務めたファイト・コーディネーターのバスター・リーブスはこう感心する。「クリスチャンは信じられないほど、のみ込みが速いんだ。スタント・チームのメンバーには、ひとつの動きを2回やってみせればクリスチャンは覚えるからと伝えておいた。そして、いつものようにやってくると、クリスチャンはそれぞれのセクションを2回ずつ練習しただけで完璧に演じてみせた。ほんとうにすごかったよ」 本作ではハーディーのスタントダブルを担当したリーブスはこう続ける。「トムは最初から体を鍛え上げていて、何でも挑戦しようとしていた。実際、僕たちは彼をリハーサルから追い出さなければならなかったんだよ。ほっとけば永遠にトレーニングしたがったから。おかげで僕たちはクタクタだった」 「あれだけ桁外れに恐ろしい悪人にトムは見事になりきっていた」と言うのはベール。「彼はほんとうに勇敢な俳優で、僕は心から尊敬しているし、共演できて最高だった」 ベインのファイト・シーンを振り付けるうえで大きなチャレンジは、ふたつの要素をいかにタイミングよく合わせるかということだった。リーブスがその点をこう説明する。「ベインは動きが速いんだが、とてもゆっくりした理路整然としたしゃべり方をする。素早く動きながら、とてももったいぶったしゃべり方をするというのは想像するよりずっと難しいんだよ。すべてを細かいビートにまで分解し、どこの動きでどのセリフを言うべきを決めるために、何時間もリハーサルを繰り返した」 ダークナイトとベインが戦うシーンについて、「あれはまさに映画の名場面だよ」と製作のチャールズ・ローブンは言う。「圧倒的な力と、不屈の精神のぶつかり合いで、目が釘付けになる」 ノーランも同感だ。「あれはまさに1対1の肉体の激しいぶつかり合いで、クリスチャンとトムは 12 そのシーンを仕上げるために大変な努力をした。コスチュームをまとっているというハンディキャップだけでも相当なものだ。片方は顔の下半分が、もう片方は上半分が隠れ、どちらも耳をおおわれているうえに、とてもうるさい環境での演技のために、互いの声を聴きとるのも難しかったはずだ」 「あのシーンには入念な準備が必要だった」と監督は続ける。「そして撮影本番、クリスチャンとトムは、そのファイト・シークエンスをじつにうまくやってくれた。あの象徴的かつ伝説的なキャラクターたちが実際に戦っている様子を目の当たりにすると、恐ろしいほどリアルで、かなりの威圧感だったよ。この映画にはほかにも大がかりなアクション・シーンがたくさんあるが、ふたりの宿敵の直接対決が、僕にとってはこの映画の最大の見せ場のような気がした」 それはそれとして、製作のエマ・トーマスはこう指摘する。「男性陣はもちろんかなりすごいことをやっていたけど、アンだってアクロバティックな動きをハイヒールでやらなければならなかったのよ。それに、彼女はスタントをほとんど自分でこなしたの。相当大変だったと思うけど、彼女はしっかりトレーニングを積み、相当な意気込みで取り組んでいた。それは映画の中でほんとうに生きているわ」 ストラザーズもうなずく。「セリーナは、どんな状況においてもうまく立ち回れるほどタフでなければならず、アンはそれをものすごくうまく演じていた。彼女はもともとダンスがとてもうまく、ダンスとマーシャルアーツには密接な関係があるんだ。彼女は人の話をよく聴き、素早く覚え、撮影最終日まで非常に厳しいトレーニングを続けていた」 ハサウェイはこう語る。「私は、この映画でそれまで要求されたことがなかったことまでやることになったとき、それをチャレンジだと身構えずにチャンスだと思ったの。それに、トム・ストラザーズ、そして私のスタントをやってくれたマキシーン・ウィッテカーを含めて、私はすばらしいチームに恵まれていた。マキシーンのおかげで、私はこれ以上あり得ないというほど頑張れたし、彼女ほど頼りになる存在はなかったわ。そんな彼らと、監督のクリスという最高のチームに支えられていると分かっていたから安心してやれたの。この役に決まったとき、それまで経験したことのないほど刺激的な撮影になるだろうし、きっと最高に楽しめると思ったんだけど、実際はその期待を遥かに超えたものになったわ」 セリーナ: 「ママが“知らない男の車には乗るな”って」 バットマン: 「これは“車”ではない」 キャットウーマンを演じるうえでのチャレンジのひとつは、“バットポッド”を乗りこなすことだった。『ダークナイト』でデビューを飾った、ゴッサムの街を疾走する二輪車である。クリストファー・ノーランと美術監督のネイサン・クローリーがデザインしたバットポッドは、特殊効果監修のクリス・コーボールドと彼のチームによって実際に走れるようになった。 バットポッドは、オリジナルのバットモービル──「ダークナイト」シリーズでは“タンブラー”という名でおなじみ──と同じ巨大なトラック・タイヤを装備している。見かけは大きすぎて非実用的に見えるが、バットポッドはスピードが出せて機動力があり、さらに、ブラスト砲、50口径の機関銃、 13 グラップリング(引っかけ)フック発射装置を備えている。 ただ、バットポッドはちゃんと走るのだが、乗りこなすのは容易ではなく、強さとコントロールする特殊な技術が必要だった。『ダークナイト』の撮影中、バットポッドを実際に乗りこなせたのは、プロのスタント・ライダーであるジャン=ピエール・ゴイだけだった。本作でも、バットポッドの走行シーン撮影のため、ゴイが呼ばれた。しかし今回、彼には明らかに不利な点がひとつあったのだ。ハサウェイがこう思い返す。「監督のクリスと一緒にバットポッドを見ていたときに、ジャン=ピエールというライダーがバットポッドを操縦できる世界で唯一の人間だと教えてくれたのよ。で、私はクリスのほうを見て、『その人、女に見える?』と訊いたの」 ストラザーズもまったく同じことを考えたと言う。「男が女性の乗り方でバットポッドに乗るというのはありえない。でも、その役に完璧な女性を見つけたんだ」 プロのモトクロス・レーサーでスタント・ライダーのジョリーン・ヴァン・ヴュット──女性で史上初めて、フルサイズのダートバイクで後方宙返りを成功させた人物──が、キャットウーマンがバットポッドでゴッサムの街を疾走するときに、ハサウェイのスタントダブルを務めることになった。「出演依頼の電話をもらったときはもう舞い上がっちゃった」とヴァン・ヴュットは思い返す。「乗りこなせると思うかと訊かれたとき、『チャンスをくれれば、必ずできると保証します』と答えたの。最大のハードルは、前傾姿勢にならないといけないので、体の位置に慣れることだったわね。バランスのとり方のコツをつかみ、自信をつけていく必要があったけど、3時間ぐらいで乗り回せるようになった。楽しかったわよ」 コーボールドは、女性ライダーがより操縦しやすいように、バットポッドを少し調整した。「なにしろ重いマシンだからね。前輪側を含むフレームの一部をアルミニウムに作り直して軽くして、ジョリーンが華々しい操縦を見せられるようにした」 ダークナイトはバットポッドとタンブラーによって、ゴッサムの街を武装して走り回れるようなったが、この映画では、彼はついにゴッサムの“上”を疾走できることになる。それを可能にしたのがルーシャス・フォックスの最新武器 “バット”だ。この最先端技術を駆使して開発されたフライング・ビークルのデザインは、ノーランとクローリーのコラボレーションで、アパッチ戦闘ヘリコプター、オスプレイ・プロップジェット機、ハリアー・ジャンプジェット機の要素を採り入れている。そして当然ながら、色は黒でなければならなかった。 “バット”は、ウェイン産業開発部の発明品だという点を踏まえ、クローリーはこう語る。「これは実用性のある装備を開発する軍事プロジェクトだという姿勢で臨み、そのことがデザインを考えるうえでいい基盤となった。デザイン面からもっとも重要だったのは、“バット”がこれまでのバットモービルと同じ“家族”にぴったり収まるという点だったんだ。それでまず、どんな形にするかを考えた。僕たちは、さまざまなデザインをスケッチして検討を重ねてから、実際に模型を作り始めたんだ」 ノーランはこう付け加える。「機能という観点から、“バット”をダブル・ブレードのヘリコプターというイメージで考え始めた。ローターがビークルの下に付いていて、その上の通風孔を通して空気が流れる構造だ。フラップとルーバーが空気力学を変え、ビルの合い間を縫って飛ぶことができるようになっている」 コーボールドが詳しく説明する。「“バット”にはちゃんと動く部分がたくさんある。コックピットは開くし、空中フラップもすべて作動する。ローターやライトも実際に動くよ。長さ約9メートル、幅約5メートル、重さ約1.4トン。とにかく巨大なマシンだ。なにしろ、CGIに委ねるギリギリまで実際に 14 やるというのが監督の信念なので、“バットを飛ばす”ためにさまざまな手段を使った。ワイヤーで支えたり、高い位置で走らせたり、クレーンやヘリコプターから吊るしたり、油圧制御付きの特別仕様車の上に乗せたりしたんだ」 しかし、 “バット”はそれ自身で離陸したり、空へ飛んで行ったりはできない。その点だけは妥協するしかなかったとコーボールドは認める。「ああいうものを離陸させることは僕たちの能力を超えていた。あんなマシンで実際に飛べるものが作れたら、僕は大金持ちになっているよ」 セリーナ: 「嵐が来るわよ、ミスター・ウェイン」 本作のド迫力アクションは飛行中の機内で始まる。アメリカ政府にとって明らかに何らかの価値があるパヴェル博士を含めた人々を乗せたCIA機が乗っ取られたのだ。このシーンで初めて登場するベインは、自身がいかに独創的で、徹底的に冷酷な悪人かを見せつける。ベインが現れたのと同時に、上空から巨大なC-130ハーキュリーズ輸送機が近づき、その貨物室からケーブルで吊り下げられた4人のテロリストが下降してくる。CIAのターボプロップ機の翼に降り立った彼らは、窓を撃ち抜くと、その機をハーキュリーズにつなぎ、ずっと小さいCIA機を無力にする。 できる限り実際にカメラで撮影したいというノーランの信念に沿って、このプロローグのほとんどが、スコットランド北部インバネス上空で実際に撮影された。もちろん最初から最後まで、正確なタイミングと動きが不可欠なこのシーンは、いくつもの制作チームの組織的な連携によって偉業が達成された。 この上空でのプロローグ撮影の準備は何か月も前から始められ、最優先事項は当然、全員の安全確保だった。製作総指揮のケビン・デ・ラ・ノイはこう語る。「私たちがやっていることの多くは、限界に挑むか、限界をぶち破るかのどちらかなんだが、つねに万全の注意を払っている。安全範囲というのはちゃんとした理由があって存在するものだからね」 実写撮影に先がけ、視覚効果監修のポール・フランクリン率いる視覚効果チームは“アニマティック”──該当シーンの低解像度のCGアニメーション──を制作し、何ができて何ができないかを各チームが分析できるようにした。フランクリンはこう語る。「最初に作ったアニマティックを通して、どれがスタントによる実写になるか、どれに特殊効果を使うか、そしてどれが視覚効果を必要とするかを見極めることができた。おかげで、どのチームも、最終的なシークエンスで自分たちがどんな役割を果たすかをイメージしやすくなった」 スタント・コーディネーターのトム・ストラザーズは、ハーキュリーズからCIA機に降下することになる空中スタントマンたちのリスクを減らすため、最大の安全対策を講じた。ストラザーズはこう思い返す。「僕が知る限り、飛行中の航空機の後部から4人が別々のケーブルで飛び出し、別の航空機に降り立つというのは史上初のはずなんだ。だから、人形やさまざまな装置でテストにテストを重ねてから、実際に人間を上空へ送り込んだ。万一の場合、彼らが自分たちをケーブルから切り離してパラシュートで地上へ降りられるように緊急時の対応もしっかり立てておいた。有り難いことに、必要なかったけどね。彼らは最高の空中スタントマンたちだったよ」 最終的にCIA機が墜落する地上でも、万全の対策がとられた。人間にも野生生物にも被害が及ばないように、その一帯からあらゆるものが取り除かれた。幸運にも天候も協力的で、空には 15 何の障害物もなかった。 すべての準備が整うと、ノーランと撮影監督のウォーリー・フィスターが、撮影対象の2機と同じスピードで飛ぶヘリコプターからすべてのアクションをカメラに収めた。このシークエンスの撮影にかかわった人々がいかに手際がよく、専門技能が優れていたかということは、日程表で9日間を予定していた撮影がわずか2日で終了した事実がいちばんよく示している。「あれはじつにスリルのある体験だった。観客も同じぐらい興奮すると思うよ」とノーラン。 CIA機内で繰り広げられるアクションは、ロンドンの北カーディントンの格納庫を改造したスタジオで撮影された。コーボールドの特殊効果チームはジンバル(軸を中心に回転する台)の上に飛行機の胴体部分を建造。ジンバルによって、機体は水平から垂直に傾いたり、激しく横揺れしたりして、キャストとスタッフの心身の安定にとっては厳しい試練になった。 「クリスの撮影現場では、どうしていつもグラグラ揺さぶられたり、真っ逆さまになったりするんだろうね」とフィスターは冗談めかして言う。「そういうシーンを撮影するとき、現場の物理的な準備や技術的な面ではけっこう大変なことになるんだが、すばらしい映画作りには役立つんだ」 本作のプロローグはすべてIMAXカメラで撮影された。また、主要なアクション・シーン全部を含め、撮影全期間を通してIMAXカメラが使われた。「IMAXカメラでの撮影はとても気に入っている」とノーラン。「それによって、スケールがより大きくなり、映像の描写の範囲が広がるからだ。『ダークナイト』でIMAXカメラを使ったことで多くを学んだので、この映画ではさらにより良い効果を出せるよう自分たちの技術も磨くことができたんだ。前作からの間に多くの技術革新もあったので、僕たちはこの映画の映像をさらに次のレベルへ押し上げることができた」 フィスターも同感だ。「IMAXは、映像が視界いっぱいにあふれ、音は劇場全体から迫ってくるので、映像面でも音響面でも、大きな臨場感を提供するフォーマットなんだ。僕たちは6か月ほどかけてパナビジョン、IMAXと協力し、カメラのファインダーを一新し、新しいレンズを作り、照明がわずかしかない条件下でも撮影できるようにした。そういう技術面の進歩によって、前作ではできなかったこともできるようになったんだよ」 微光で撮影できることは、本作にとってとくに重要だった。重大な意味をもつ多くのシーンが、“バットケイブ”を含む地下で展開するからだ。 ウェイン邸──ゆえに、もともとのバットケイブも──はシリーズ1作目で破壊され、2作目でブルース・ウェインは彼の基地を“バットバンカー”に一時的に移した。その後、屋敷は再建され、新しいバットケイブには、前2作のセットのデザイン要素が盛り込まれている。 本作ではもうひとりの美術監督ケビン・カバナーと組んで美術を担当したネイサン・クローリーはこう説明する。「バットケイブとバットバンカーをどう融合させるかについて、クリスといろいろ検討したんだ。バットバンカーは、非常に幾何学的かつ近代的で、すべてが壁の中にきれいに収納される。そこで思いついたのが、バットケイブを水没させることで同じコンセプトを応用できないかということだった。つまり、すべてを水中に隠すんだ。中に入ると、そこはただの洞窟にしか見えない。だが、あるボタンを押すと、バットスーツからスーパー・コンピューターまで、さまざまな装備・装置が入ったキューブがいくつも現れるんだ」 「あれは、旧バットケイブの実体感と、バットバンカーの機能性のすばらしい融合だよ」とノーラン。 バットバンカーは前作同様にカーディントンのスタジオで建てられた。だが、新しいバットケイブのセットは、カリフォルニア州カルバーシティーにあるソニー・スタジオのサウンドステージ“ステー 16 ジ30”に作られた。サウンドステージが選ばれたのは、そこにある水槽に2700トン以上の水を溜められるからだ。 さて、ベインはゴッサム・シティーの下にある下水道システムに活動拠点を置いているので、水流がその主要な特徴だった。そのセットが組まれたカーディントンのスタジオは大洞窟のようなスペースなので、コンクリートと波形鋼の数階分ある構造物につながる複数のトンネルを作ることができた。セットの照明に関して、フィスターはこう語る。「僕は、そのセットをアリーナのような雰囲気にするために、カバーのない照明をたくさん使ってはどうかと提案したんだ。まばゆいほどの光の点がセットを真っ白になるまで照らし、その場の過酷で血の通っていない雰囲気を作るのに役立った」 カーディントンのスタジオにはまた、さらに迫力ある複数階のセットがもうひとつ組まれた。その恐ろしい牢獄は、地下にあるという以外は、ベインの基地とは似ても似つかない。その牢獄は、底知れないほど深い地下の穴に作られた石壁の切り立った広大な迷路だ。各監房の鉄格子のドアは施錠されていない。牢獄の出口はひとつ──地表まで想像できないほど高く伸びている垂直のシャフト──しかないからだ。セットに実際に作られたシャフトはふたつで、高いほうは約37メートルだった。 牢獄の上の地上の風景は、インドのジョドプールで撮影され、その近づき難い場所の風景が荒廃した雰囲気をより強めた。 そんな隔離された場所と対照的なのが、宮殿のようなウェイン邸の外観だ。その撮影には、イングランドのノッティンガムに実在する屋敷が使われた。ブルースは破壊された屋敷を完全に復元すると約束し、それを守ったが、内部はもっと殺伐とした感じにデザインされ、人間味のある家というよりは、ただの建物という感じだ。 前2作でゴッサム・シティーとして使われたのはシカゴだったが、シリーズ完結編の本作では、3つの都市──ピッツバーグ、ロサンゼルス、ニューヨーク──がゴッサムの代わりを務めた。いくつかのシークエンスでは、アクションがいくつかのロケーションにまたがり、ひとつの街で始まったアクションが、途切れることなく別の街へ移ることもあった。それについて、撮影のフィスターはこう語る。「あれは整合性の点で極めて難しかったよ。いろいろな街で、いろいろな季節に、1日のいろいろな時間帯に撮影をしていたので、照明を一致させ、すべての辻褄が確実に合うように、膨大な時間をかけて計画を立てたんだ。クリス、そしてロケーション・マネージャーたちと一緒にとても注意深くすべてを計画し、どの通りでいつ撮影をするべきかを綿密に見極めていった」 ピッツバーグでは、1万1000人以上のエキストラがハインツ・フィールドに集結。ベインが驚異の連続爆破で革命を始めるシーンのためだ。地元の人々に愛されているフットボール・チーム、ピッツバーグ・スティーラーズの本拠地であるこのスタジアムは、本作のゴッサム・ローグズのフィールドとなり、ローグズの選手たちはスティーラーズのチームカラーである黒とゴールドのユニフォームをまとった。本作で製作総指揮を務めたトーマス・タルはスティーラーズの共同所有者でもあるため、架空のチームとしてとはいえ、本作に“登場”したことが誇らしかった。 実際、ピッツバーグ・スティーラーズの多くの選手がゴッサム・ローグズに“引き抜かれて”プレーした。対戦相手側として、現職ピッツバーグ市長ルーク・レイブンスタールがゲームに参加し、ラピッドシティー・モニュメンツのキッカーとしてプレーした。 製作のエマ・トーマスはこう語る。「数か月、ひとつの映画に取り組んでいると、自分たちが世界の中心みたいな錯覚を起こし始めるものなのよ。でも、スティーラーズとピッツバーグのファンが 17 参加してくれて、彼らの様子を見たとき、まったく違うレベルのスターというものの存在を思い知らされたわね。あの日、彼らと一緒に撮影できてとても楽しかったわ」 「ピッツバーグではとても充実した撮影ができた」とノーランは付け加える。「誰もが驚くほど温かく歓迎してくれたんだよ。何週間も街の一部を完全に閉鎖したというのに、あの歓待はうれしかった。そうすることができたおかげで、ほかでは事実上不可能だった多くの映像を撮ることができた」 ハインツ・フィールドの芝土は、来たるべきフットボール・シーズンに備えてちょうど交換される予定になっていた。本作の撮影はそれを利用したのだ。コーボールドの特殊効果チームは、フィールドで爆発する爆薬を戦略的に配置した。既存のフィールド表面の上にプラットホームが作られ、その上をゴッサム・ローグズのひとりの選手が走り、彼を追う選手たちがどんどん地面の裂け目に落ちていく幻想が創り出された。崩れていくフィールドと、それによってできるクレーターは、ポール・フランクリン率いる視覚効果チームがCGで加えた。 ロサンゼルスでは、屋内セットとして数多くの名所が使われた。ロサンゼルス・コンベンション・センターは、ウェイン産業の開発部に変身。歴史的名所でもあるユニオン駅は仮の法廷となり、サウス・スプリング・ストリートのあるビルは、証券取引所の立会場になった。 証券取引所の外観は、ニューヨークのウォール街、まさに金融の中心地で見つかった。2回の週末にまたがって金融地区全体を閉鎖し、主要キャスト、スタント・チーム、数千人のエキストラがかかわる、クライマックスの衝突の内の2つが撮影された。最終的にアクション・シーンのスタントには600人が参加したので、綿密に考えて振りつけられた動きを一人ひとりに教えるために、スタント・コーディネーターのストラザーズは全員をグループに分け、さらに少人数の班に振り分けた。 「ウォール街のような場所での撮影は、通常でも物理的な面で複雑になるものだが、あれだけの人数がかかわるとなるととくに大変なんだ」とノーラン。「でも、市当局が全面的に協力してくれて、すべてがとてもスムーズに進んだ。これはかかわった一人ひとりの能力と努力のたまものだよ。僕はこのシリーズで、どの制作チームにせよ、優れた人材に恵まれてほんとうに幸運だった。彼らは貴重な意見を出してくれて、つねに最高の仕事をしてくれることをあてにできるスタッフなんだ。おかげで僕の仕事がずっと楽になったよ」 撮影の最後の数週間はニューヨークでおこなわれ、使われたロケーションには、ウェイン産業の外観の役割を果たしたトランプ・タワーなどがある。また、クイーンズボロ・ブリッジは、上部のスパン(支柱の間)が2日間閉鎖され、すべてを犠牲にしてまで守ろうとしたゴッサムを見下ろすダークナイトの姿などが撮影された。 ノーランはこう語る。「ゴッサム・シティーの多くの要素はニューヨークを基にしている。誇張されたバージョンではあるが、つねにニューヨークからインスピレーションを得てきたからこそ、“ゴッサム”という名が付いているんだ(ゴッサムはニューヨークの愛称)。だから、この映画ではもっとニューヨークを出すべきだと思ったんだよ。シリーズの前2作で描かれた以上に、この映画ではゴッサムが中心的存在だからだ」 キャラクターもロケーションも、本作のテーマはすべて音楽の中でも表現されている。担当したハンス・ジマーは、「ダークナイト」シリーズ3作すべてを含め、クリストファー・ノーランとはこれで4回目のコラボレーションとなった。「このシリーズに参加できて、また、クリスのような監督と仕事ができて、ほんとうにうれしかったし、光栄だった。クリスはアイデアを奨励し、意見を歓迎する監 18 督なんだ」 ジマーはこの最終章に、前2作の楽曲を彷彿とさせる音楽も含めたが、「ベインのシーンではまったく異なるアプローチをとった」と彼は言う。「僕は大編成の交響楽団を使いたかったんだが、団員には、『君たちには学んできたものをすべて捨ててもらう。僕は君たちを原始時代の太鼓叩きのように扱うからね』と言い渡したんだ。それは結果的に、彼らにとって音楽的な冒険をしているような、とても解放感を味わえる体験となったんだよ」とジマーはにっこり笑う。 今回の音楽でとくに際立つのは、ジマーがベインに関連する音楽に“チャント”(一定のリズムと音程で声を合わせて反復される掛け声や詠唱)を融合させたことだ。そして彼はファンに映画のサウンドトラックへの参加を呼びかけた。UJAM──音楽の作曲、制作、発表に利用できるウェブサイト──を通してチャントを公募したところ、世界中から何千もの応募があった。応募されたチャントはその後、映画の中で使うための不気味なチャントを創るために映像と同期された。ジマーはこう思い返す。「この方法なら、これまで応援してくれたファンに何かを返すことができるし、この映画の世界に実際に参加してもらうチャンスにもなると、クリスに提案したんだ。うまくいくかどうか不安要素もあったが、ふたを開けてみると見事にまとまったよ」 ノーランはこう語る。「真のリスクというものは、じつは無難に済ませようとする意識の中に潜むものなんだが、僕がこれまで組んだ人たちのなかで、その点をハンスほど真剣に考えている人はいなかった。彼は、あらゆる可能性を見つけ出すためには、ときには間違っているような方向へ行ってみることも大事なんだということを教えてくれた。そういう可能性を探らない限り、ほんとうに特別なことは決してできないんだということを。彼は、どの映画でもクリエイティブ面でのゴールをとても高く設定するんだ。実際にそれが可能なのか、到達できるのかと思うほど高くにね」 ジマーは、セリーナ・カイルのテーマ音楽は彼女自身と同じように、「とてもあいまいな雰囲気」だと言う。「あいまいなほうが、単に善か悪かであるよりずっと興味深い。クリスの映画にはつねにある程度のあいまいさがあるので、僕はそれを音楽にも盛り込もうとした」 本シリーズの全3作にずっと流れているひとつの音楽上のテーマは、ジマーがブルース・ウェインのために作った曲だ。「彼のテーマはいちばんシンプルなんだ。決して協和音にはならない2音だけのモチーフ(楽曲を作る最小単位)なんだよ」とジマー。「僕は、ブルースにとって、“もし~だとしたら?”という疑問を投げかけるような音楽にしたかったんだ。でも、この映画はある種の解決を導き出していると思うよ。あの同じ2音が移動して、答えを提示している」 「ダークナイト」シリーズの完結を振り返り、クリスチャン・ベールはこう語る。「僕にとって、このキャラクターを演じることは、大きな意味があったので、最後にあのマスクを外したときはとてもほろ苦い気持ちになったよ。あのスーツを身に着けるたび、僕は鳥肌が立った。あの伝説的なキャラクターを演じる名誉を痛感していたから。そして、今でも心の底から誇らしく思わずにいられない」 クリストファー・ノーランはこうまとめる。「ブルース・ウェインのストーリーが70年以上にわたって人々の心を動かし続けてきたのは、それがすばらしいストーリーだからだ。これら3本の映画を通して、この伝説に対する自分たちなりの解釈をスクリーン上で描けてほんとうにうれしかった。このシリーズに携わったことは、極めて満足感のある体験だった。この結末を僕たちはとても誇りに思っているし、観客とこの興奮を分かち合えることを願っている」